藤川財政局長との対談

今回のブログは趣向を凝らして、藤川財政局長との対談をお届けします。大変長くなりましたが、お時間のある方はご覧ください(笑)

射水JC入会のきっかけは?

越後 最初にJCに入ったきっかけって何だっけ?

藤川 海老さんが社長と親しくて。もちろん海老さんのことを尊敬していて、自己成長ができて面白そうな団体があるからどうかなと誘われて入会しました。2015年入会ですので、今は4年目に入っています。

越後 会社からはあたたかく行ってこいという感じはあったの?

藤川 声をかけていただいた当時は結婚したばかりだったので、まずは現場をしっかりとまとめて、外に出れる状態にしてからにしなさいというのはありました。入会したのは子どもも生まれて、現場も少しずつスタッフに任せていけるようになった時期でした。

越後 経営サイドに入り始めたのはいつごろ?元々はインストラクターで入社していたと思うけど、最初から経営サイドに回りたいなみたいな意識はあった?

藤川 全然なくて(笑)入社したときは、学生時代に学んだ解剖学とかスポーツ理論とかの経験を生かしたいなというのがありましたが、どうにもならない人材でして(笑)会社も非常に手を焼いていたと思いますが、とあるコンサルティングの先生に自分の良いところをピックアップしてもらって、よくある指示する側の人と指示される側の人という話を聞いて、責任ある人は指示する側ということで、指示する側になりたいなと思ったのがきっかけです。

越後 経営への意識が芽生えつつあるときに、若い経営者の集まりでもあるJCに入ってきたと。

入会前の藤川君(写真左)

入会前のイメージ

藤川 正直、JCはどんな団体なのか、自分で調べることもせず。単に尊敬している先輩が多く在籍している会ということで。当時は自己成長よりも、自分が経営に携わっていく中で同世代の経営者たちと人脈形成をしたいなという思いでした。

越後 入る前にわんぱく相撲とか青少年育成事業をしているということは知っていた?

藤川 まったくですね(笑)

越後 そうだよね。自分たちでは一生懸命やっていて、ある程度知名度があるつもりだけど・・・、なかなか世間とはギャップがあるよね。

藤川 当時は今みたいにスマホも普及しておらず、自分もみずから情報を取りに行くこともなく、最初、お試しで委員会に参加したときにスタートでJCIクリード唱和とかみて宗教かと(笑)ガイダンスもしていただきましたが、正直、それを聞いていてもまったくわからなかったし、何か丸めこまれるんじゃないかな、みたいな(笑)

  

この時は痩せてました(笑)

1年目の体験―特別委員長の采配―

越後 入ってみてどう?1年目はどんな感じだった?

藤川 1年目は現場を半分、経営を半分ということがあって、実際は半年くらいが幽霊会員。ただ、当時の山田淳史特別委員長の計らいで、メンバーの中でも好評いただいている健康事業の議案に携わらせてもらいました。また世界会議が金沢であった年だったので、中型の免許を持っている自分に運転手としての役割を与えてもらったことがうれしかったですね。後半は尻上がりにやる気が上がってきました。

越後 最近は新入会員に負担をかけないように優しくしているつもりが、逆にJCの良さが分からなくなっている状態。負担をかけすぎてもダメで難しいところはあるんだけど、早い段階で役割を持ってもらうことが大事かもね。

藤川 最初は多くの新入会員は身体をかけられないと思うんですが、事業を構築したり実施していく過程の中で、どこかで携われたり、それぞれの長所を活かしてあげて居場所を見出してあげることが、承認欲求だったり存在価値を認めてあげることになると思います。当時の山田委員長の受け売りですが(笑)

越後 時間がないとか身体をかけられないのではなくて、JCの魅力や自分の居場所を感じられないから、優先度が低いだけなんだよね。それを高めてあげないと。

野球部から始まるJCもありです☆

2年目の体験―同世代の活躍に火がついた―

越後 2年目に青少年系の副委員長になったのはどういった経緯で?たまたま田仲委員長(当時)と同級生だったから?

藤川 いや、当時の南理事長から電話がかかってきて、「藤川君には副委員長理事を受けてほしい、月に1回会議が増える感じだから」と急に言われました。当時は副委員長理事という制度も知らなくて、何だそれ?って思ったんですが、子どもに携わる仕事をしているからそれを生かせるしと言われて。ただ、即答はできなかったですね。夏に3日間、会社も忙しいのに空けられるかなという葛藤があって、自分にできるかなという気持ちもありながら、先輩からそういうときは「はいか、イエスか、喜んで」と答えるように言われていたこともあって。即答はできなかったですけど、受けさせてもらいましたね。

越後 JCに伝わる「はいか、イエスか、喜んで」という言葉は一見理不尽だけど、実は成長のための魔法の言葉だと思う。自分の中でできるかできないかを考えると、どうしてもできない理由を考えて機会の逃してしまいがちだからね。で、実際にやってみてどうだった?

藤川 今でも一番記憶に残っているのはCBA(青少年育成事業)。開催前日に私と三浦さんと田仲さんと、LINEのやりとりをして、よくここまできたね、と。本当にもうただ長いLINEをして振り返ったときに、こうやってチームを形成していくんだなと。JCがすごく好きになった反面、なぜ同い年の田仲くんがこんなにも人を束ねることができているんだろうと言うのと、こんな同級生がいるのはすごいなと感じたのが印象的ですね。

越後 良い経験ができたね。そのときには次の年に委員長をやることは決まっていた?

藤川 いえ、当時は理事長選考が難航してて。CBAの最中くらいに当時の理事長が所信を書き上げて、組織作りまでは決まっていなかったですね。当時は9月例会で100%例会を達成したんですが、その懇親会の時点では委員長は決まっていましたが、誰が何を担当するかも決まっていなかったです。

越後 田仲委員長の大変さを間近で見て、委員長の話が出たときは即答できた?

藤川 そのときは即答。よろこんで、と。

越後 副委員長のときはためらったのに、即答できたのは何が一番の違い?委員長がなかなか決まらない年もあるけど。

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