富山ブロック協議会「1県1青年会議所の設立精神」

理事長ブログ、久しぶりの更新です。。

今日は富山ブロック協議会に受け継がれる「1県1青年会議所の設立精神」について述べたいと思います。

青年会議所は、戦後間もない1949年に「新日本の再建は我々青年の仕事である」との宣言のもと、東京青年商工会議所が設立され、そこから全国各地に広がっていきました。

戦後、荒廃した町の様子

青年会議所は市町村単位での設立を原則としていましたが、当時の富山県は歴史的な背景から、呉東と呉西の対立意識が強い状況にありました。富山での青年会議所の設立を目指した西田安正氏は、「まずは青年からその対立意識を拭い去らなければならない」という想いと、「地域の発展は全県レベルで行うべき」という考えから、富山県では県内全ての地から優秀な青年を集め、県内で唯一の青年会議所「富山懸青年会議所」を1952年に設立しました。

富山県内から集まった52名の創設メンバー

その後、前記の市町村単位の原則に合致しないとの理由から、名称こそ「富山青年会議所」に改称することになったものの、「とやまはひとつ」の理念のもと、全県レベルでの活動を続けてきました。メンバー数も東京青年会議所に次いで2位の規模にまで増え、日本青年会議所の第2回全国大会は富山の地で盛大に開催されました。

その後、約20年の時を経て、1970年に高岡、となみ、新川に拡大分離することになりましたが、長い間、1つの青年会議所として生まれ育ったというこの歴史が「1県1青年会議所の設立精神」と呼ばれるものなのです。そのためか、実際、県内の9つの青年会議所は物理的にも心理的にも近い関係にあるように感じています。

今年2月に行われた富山ブロック協議会の全体会議で本年度の運動方針を述べる山﨑真会長

僕は入会1年目のときに県内の新入会員全員を対象として開催される研修事業「富山アカデミー」に参加しましたが、この時には県内にたくさん友人ができましたし、優秀な人も多くてとても刺激を受けました。1日目の夜に課題を与えられ、翌朝のプレゼンのために深夜まで班のメンバーと準備していたことや翌朝当時の理事長の皆様を前に冷や汗をかきながら青年会議所の魅力をプレゼンしたのを今でも覚えています。

今年の富山アカデミーの様子

私自身LOMで役職を受けることが多く、ブロックに出向することができなかったのですが、昨年にヒラ委員として出向させていただき、LOMとはまた違う楽しさを感じることができました。今年は理事長として会員会議所などで他LOMの同期理事長や専務の方々をはじめ、たくさんの出会いがありました。来年の監査担当役員として出向させていただきますので、この新たな出会いも非常に楽しみにしております。

今も月1回、県内各地で同期理事長会を開催しています

県内の卒業生全体での卒業式もあります

JCは女性メンバーが少ないため、県内のJC女子で女子会を作っています

地区大会出場をかけた9LOM対抗の野球大会も盛り上がっています

ブロック出向は県内にたくさん友人ができますし、地元民だからこそ知る美味しいお店なども行けるので、ぜひ若い皆さんには出向してみてもらいたいと思います。

そして、来年富山JCさんが主管される日本青年会議所の全国大会が富山で開催されますが、この「1県1青年会議所の設立精神」をもって、9LOM全体で成功させられるよう射水JCを挙げて協力させていただきたいと思います。

 

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