理事長ブログ 鼎談×卒業生(石黒将士・河尻俊二)

これまでの歩み

越後 それではよろしくお願いします。まずそれぞれ自己紹介をお願いします。

石黒 会社は株式会社石黒で、住宅の設計施工業を営んでいます。JCに入ったのは2005年の8月です。当時は大阪から帰ってきたばかりで、仕事につながればいいなと思って、父親の勧めで入りました。2008年に総務委員長をして、2011年に野村竹伸理事長のときにLOMの事務局長、2012年には富山ブロックの事務局長をしました。2013年の山田淳史理事長のときに副理事長をして、2015年の大垣友和理事長のときに専務をしました。2017・2018年は監事で、トータルで14年在籍したことになります。

射水JCの生き字引こと石黒将士監事

河尻 私の会社は株式会社新栄地所で、不動産業を営んでいます。JCの入会は2013年でした。僕が先代から事業を譲り受けてすぐくらいのときにお誘いがありました。入会の翌年に副委員長をやって、2015年にLOMの委員長をしました。その翌年には富山ブロックに出向して、ブロック大会担当の委員長をしました。翌年は理事をして、今年副理事長をして卒業。トータルすると6年ですね。

いつでも冷静沈着な河尻俊二副理事長

石黒 ちょうどいい(笑)

河尻 そうですね、ちょうどいいです(笑)。

 

JC生活の思い出―汗も涙も

越後 まず石黒さんに、14年のJC生活で思い出に残っていること、つらかったことや楽しかったことを聞きたいと思います。まずは楽しかったことからお願いします。

石黒 楽しかったことっていうのは、事業をやり遂げる達成感とか、そのあとの打ち上げとかかな。同年代のいろんな人たちとワイワイ活動できるのがJCのいいところだと思う。ブロックの出向もいろんな出会いがあって楽しかったちゃね。

田岸会長率いる2012年度のブロック役員の皆様(後列左から3番目が石黒監事)

越後 逆にどの役職が一番つらかったとかありますか?

石黒 2008年の総務委員長のときの7月例会。この年にLOMを公益社団法人に移行するという話が出てきて、公益社団法人格をとるよっていう方向にもっていくための例会。例会の前にディベートの勉強会を2回して、例会では公益法人をとるべきか否かみたいなディベートをしました。そのときの執行部がすごく厳しい人たちで、ゴールデンウイーク前の正副理事長会議で議案が炎上しました。。それで委員長連絡会議前のゴールデンウイークはずっと議案をやっていました。そのときの総務委員長って、この7月例会のほかに、総会3回、メルマガ、ホームページも担当で、さらに理事会の設営も全部やっててとても大変でした。

越後 聞いただけで大変そうですね。。河尻さんは6年間のなかで楽しかったこと、つらかったこと、それぞれどんなことがありますか?

河尻 そうですね。楽しいことは、いつもみんなとワイワイできたのが楽しかったですね。でも本当の意味で一番楽しかったとか想いがあるのは、自分も委員長のときに担当した「わんぱく相撲」ですね。子どもたちの懸命な姿、特に負けて泣いてる子どもを見ると、毎年ながらにうるうるきてしまいますね。これは僕がおじいちゃんになっても続けてほしい事業です。一方で、つらかったのは何と言ってもブロックの委員長。

石黒・越後 間違いない(笑)。

わんぱく力士たちに胸を貸しに行きました!

河尻 あれは特殊というか、いい意味で苦い思い出をいただき、ありがとうございました!と、今さらながら感じておりますね。

越後 会議で議案がなかなか通らなかったんですか?

河尻 そうですね、自分のロジックが甘くてブロックの役員や理事長の皆様になかなか理解してもらえませんでした。あそこまで精神的につらかったことは初めてでしたね。一時期は、夜中の2時3時まで議案に向き合っていました。夜遅くまで議案に付き合ってくれた当時のブロックメンバーにはとても感謝しています。

某高岡JCのヤバい人も委員会メンバーでしたね・・

修練の成果とは

越後 そこから得たものってありますか?

河尻 はい、多くの学びを得ました。特に人を使うむずかしさと情熱の燃やし方ですね。情熱がないと、自分も人も動かせないです。当時はその情熱が足りなくて、最後まで人の意見で迷走していた気がします。もっと自分の中で掘り下げて、人に流されないくらいまで熱量を高める必要があったと思います。

越後 石黒さんのほうは、長いJC生活で得られたものって何がありますか?

石黒 ありきたりやけど、やっぱりいろんな知り合いというか仲間が得られたのが一番大きかったんじゃないかなと。

越後 自己成長は感じますか?

石黒 それはぶっちゃけ自分では分からんね。先輩からは「お前委員長してほんま変わったわ」と言われたりもするんやけど、自分では全然変わってるつもりはなかったりする。もしかしたら他人からは変わって見えるかもしれないけれども、自分ではそんなに自覚できるところってないなというのが実感。

結構いろいろ変わってますよ(笑)

河尻 そうですね。だから何か卒業までに逆に教えて欲しいですね。こういうところはいいっすねとか、こういうところはちょっこダメっすねとか(笑)

石黒 俺はぶっちゃけ14年もやってるから自分のダメなところってすぐわかる。委員長時代とか事務局長時代とかすごいがんばった記憶があるけど、今はいろんな事情があって、JCの活動に打ち込めていないところがある。なので、そういうところは後輩たちに申し訳ないなと思ってます。

越後 河尻さんは周りからJC入って変わったねと言われたことはありました?

河尻 周りからはあんまり言われないですね。ただ、南武志さんの影響も受けて、常に「誰のために、何のために」を意識するようになって、本質を見抜くクセはついてきたなと思います。逆に今までは何かあんまり何も考えずに生きてきたなと思いました。そういう意味で、すごくいい成長をさせていただいたなと思いますね。

 

お祭り男の河尻副理事長。今はとても優しいが、昔はヤンキーだったとか・・

卒業を迎えて

越後 お2人とも今年いっぱいで卒業を迎えるわけなんですけど、どういう心境ですか?

石黒 やっと卒業させていただけるといった感じ(笑)。

越後 石黒さんはボーナスで、同級生より1年長くいましたしね。

石黒 14年もやっとるとね、8年くらいから「まだおるが?」とか言われ続けてきた(笑)

越後 石黒さんは、理事長はされてないですけど、やり残したことはありますか?

石黒 いやない(笑)理事長って、やっぱり資金面とか人的な余裕がないと難しいと思う。14年でやり残した役職は理事長と財政局で、それ以外全部やったので悔いはないね。富山ブロックの役員もさせてもらったし。とにかくブロック出向は絶対行ったほうがいい。すごい楽しかった。

越後 河尻さんは在籍6年ですけど、やり残したこととかもうちょっといたかったなとかありますか?

河尻 たぶんちょうどいいと言われたのがそのままだと思いますね。6年間精いっぱいやらしていただいたなと。

越後 ブロックで役員もされてますしね。

河尻 そうですね。十分いろんなことをさせてもらったという感じですね。

今年の全国大会宮崎大会での一コマ

越後 JCはJCをするためにやっているわけではなくて、その学びや経験をこれから社会にどう還元していくかがポイントだと思うんですけど、今後やりたいことはありますか?

石黒 ますは仕事・経営を一生懸命やりたいなと。まずは人を雇いたいと思う。うちはまだ親父が社長で世代交代もしなきゃいけないけど、日々の仕事で全然余裕がなくて。人を雇えばその余裕も出てくると思うんやけど。

越後 石黒さんのお父さんは市議なので、石黒さんもそのうち選挙も出ないといけないですしね(笑)

石黒 いやいや、それは(笑)

河尻 僕が先輩に言われたのは、「今まではまちのためという意識を学んできたがやろ。本当に実績を積んでやっていくのは卒業してからやぞ」、「具体的にまちのためになるのは雇用と納税ながいぞ」ってことです。確かに雇用と納税って本当にまちの発展に直結しますから、まずは仕事の業績を伸ばすことが必要だと思ってます。

越後 先輩方にはこれまでの経験を活かして、ぜひ業績を伸ばしていって欲しいですね。JCを卒業されたシニアのみなさんが頑張ってる姿を見たら、現役にも良い影響になると思うし、社会に対してJCのPRにもなると思います。だからお2人にはぜひ、かっこいい背中を見せてほしいなと思います。

河尻 おなかはかっこ悪くなったけど、背中はかっこよく見せていきたいなと思います(笑)。

JCでの思い出を楽しそうに振り返る2人

現役へのメッセージ

越後 ぜひ最後に、現役へのメッセージをいただければと思います。

石黒 JCは本当に大変だけど、やればやった分だけ必ず自分に跳ね返ってきます。つらいことや苦しいことでも仲間とともに乗り越えていけば生涯付き合える仲間もできると思いますし、自分の成長にも繋がります。それぞれ残されたJCライフを全力で突き進んでください。

河尻 「積極思考を常に!」40歳という年齢になって、また歳を重ねるにつれて、良く言えば考えや価値観がきっちりしてブレなくなると思いますが、一方で融通がきかなくなったり、我が強くなることもあると思います。これは表裏一体ではありますが、できれば良い方向に、より良い自己を想像して、新しい価値を生み出していって欲しいなと思います。

お二人の今後ますますのご活躍を祈念しております!

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